2018年6月20日

学校教育とモラル、躾と道徳心。バスを通路を塞いでしまう子供達から考える。


先日、休日出勤して帰りにバスに乗ったらこんな状態だった。滝川第二高校・中学の生徒達だ。この学校は専用バスもあるのでその感覚で路線バスを使っているのだろう。この学校は挨拶をよくする学校とWikipedia に書いてあったが内輪の話なのだろう。

学校というのは本当は人を育てる機関であって進学だけをさせる為の機関ではないはずだ。集団生活を通じてモラルを涵養する部分については最近は公立学校でも疎かにされているように感じる。

上の状況はなかなか笑える状況でスマートフォンを膝上でゲームするために一抱えもある大きなカバンを廊下に置き、優先座席も関係なし、左右の座席からカバンを置いているのでカバンとカバンの間に10cm程の隙間があるだけ。その先には廊下に座り込んでゲームをしている学生がいて完全に詰まっている。バスの前半に移動できないし、後ろに座っている生徒は廊下に置けないカバンを座席に置いて人が座れなくしている。後から来た人は出入口付近と後部の通路にしか乗り込めない。本来なら生徒以外に20人以上乗れる筈だし、厳密に言うと大きなカバンは手荷物料金で子供料金が掛かる大きさだから払ってないなら持ち込んじゃ駄目なのだ。

硬い話はおいておいて、公私は問わずマナーとかモラルとか道徳心とか教えてあげて欲しいなぁと思う。

子供達がどうやって物事に対応する能力を獲得するかをよく考える。結局生物は刺激に対する反応でしか新しい事に対応する能力は獲得できないのだ。モラルにしても相手があって、相手からの刺激があってこそ自分どうするべきかをを考えるようになる。大人になったら分かるのではなく大人になったら困る、だろう。色んなことの将来を考えるなら我々は積極的に子供達にアプローチし、子供達にどうするべきかを考えさせるように仕向けるべきなのだ。

結局こうなる原因の一つは大人が「ちょっとゴメン」などと一声掛けずに黙って押すとかをしているからなんだろうなぁと思う。

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